第12話 自分の価値とは

■サインを見逃さない

 あれから一ヶ月。
天辺さんの様子はどうなのでしょうか……。

実直「野口先生、おはようございます」
野口「おはよう、実直マネジャー。天辺さんはその後、どうですか?」
実直「回りに対してのキツイ当たりはなくなりましたね。ただ、花咲さんにも言われたのですが、あんまり顔色も良くないですし、何かありそうな気はしますね」

野口「課内的には問題はないのですが、実直マネジャー的にはひっかかっている、ということですね」

実直「そうです」

 たしかに天辺さんを見ていると、仕事はこなしているのですが、急いでいるという印象を請けますね。 天辺さんのようなタイプの人は、非常に有能な反面、上長とのコミュニケーションが”相談を装った確認”が多く、相談らしい相談をしないで溜め込む傾向があります。
第9話でもありましたが、相談がない=順調ではありません。

実直「何度か聞いたんですよね。なんか変じゃないかって」

野口「どうでしたか?」

実直「少し忙しくて余裕がないだけ、という返事でした」

野口「そうですか……。それでしたら、それ以上は踏み込ませんね」

 しかし、何があったのか気になりますね。
抱えていた大きな案件も無事に受注をうけ、あとはデザイン部署に回っていますし……。
何か気になりますね……実直マネジャーには、注意深く天辺さんを見てもらうしかないですね

■ヘッドハンティング?

 一週間後。
今日は実直マネジャーからの連絡があり、天辺さんを外出中に見かけたとのことで、相談を受けることに。

実直「お忙しいところすみません。少し気になることがありまして」

野口「どうでしたか?」
実直「実は外出しているときに、天辺を見かけたんですよ……」

 実直マネジャー、得意先回りの途中で一息つこうとカフェに立ち寄ったところ、ソファー席で天辺さんを見つけたとのこと。
お客様と一緒かなって思って見てみると、なんと競合他社である刈取広告株式会社の部長と一緒だったそうです。
しかも、接待されているかのような様子だったとか。

実直「正直びっくりしましたよ。刈取広告さんって言えば、言い方悪いですけど引き抜きで有名な会社じゃないですか。しかも、同席していたのは取手部長ですよ」

野口「名物部長ですよね。サンキュースポーツ新聞社との太いパイプが有名です」

実直「おそらく引き抜きじゃないかと思います。さすがに話が聞こえる場所には行けませんでしたが」

野口「そうですね……。野口もそう思います」

刈取広告株式会社は、引き抜きを繰り返し、他社との軋轢を恐れずに急成長している広告代理店です。
求人広告だけでなく、スポーツ新聞と関西U局を中心に幅広く広告を取り扱う広告代理店です。
人材の集め方に若干の問題はありますが、勢いのある企業と言っていいでしょう。

実直「僕はどうすればいいんでしょうか。まさか管理職1年目でチームのメンバーが引き抜きなんて……」

野口「そうですね……。考えられることを話しますね」

 野口なりに考えられるシチュエーションなどを含めて、ある程度の考え方を実直マネジャーに話すことができましたし、あとは実直マネジャーと天辺さん次第ですね。

■求められるものと求めるもの

 気になって仕方ない! ですので、今日もこっそり営業3課に来ました。
さすがに終業時間も過ぎていますし、社内では制作部をのぞいて人もまばらですね。
お、実直マネジャー、天辺さんに話しかけていますね。

実直「週末だし、久しぶりに飲みに行かないか? なんだかんだで、夏前の同期会、天辺来なかったし」

天辺「酒を飲むって感じじゃないんだがな」
実直「この課で二人だけ残業って意外と少ないし、いいじゃん、たまには」

天辺「……それもそうだな。そういう機会なんだろうな」
実直「安くて美味しい店があるんだよ」
天辺「そこで頼む」

 これは実直マネジャー、何か話すつもりかもしれませんね。
仕方ない……、これは野口もそっと同じお店に行くしかないですね。気付かれないように!
なかなか雰囲気のある和食居酒屋ですね……。

実直「こうやって飲むのも本当に久しぶりだね」

天辺「オレは結婚してから飲み会に参加してないしな」
実直「そうだったね。とりあえず、お疲れ様!」

天辺「おう、お疲れ!」

 同期って感じがいいですね。ライバルでもありますが、先輩や後輩と違い、遠慮が少ないのが同期です。
同じチームになってもう10ヶ月。最初は同期が上司というのは受け入れられなかった天辺さんも、折り合いをつけることができたようですね。

 ふたりともプライベートの話が増えてきました。いい感じに酔いが回ってきたようですね。

実直「あのさ、こないだ刈取広告の取手部長と一緒にいなかった?」

天辺「あ、ああ……実は刈取広告に誘われているんだ」
実直「……どうすんの」

天辺「正直迷っている。役員候補としての部長待遇の課長ポスト、年収も上がる。刈取広告は評判は良くないが強い代理店であるとことは間違いない。ちょっと引っかかる部分もあるけどな」

実直「そうか……」

 引っかかる部分! 野口は“天辺さんならきっとひっかかる”と思っている部分がありました。
この部分は、きちんとシミュレーションしていましたし、実直マネジャーもうまく対応できるはずです! 酔っていなければ……ですけどね。

実直「僕の予想の範囲なんだけど、天辺さ、お客さんをそのまま連れて来いって言われてない?」

天辺「そこなんだよな。ひっかかるのは」
実直「感情的なことを言うと、僕らもうちの会社に勤めて10年。あと2ヶ月で11年」

天辺「……そうだな……」

実直「うちの看板で仕事してくれているお客様を連れて行くのは、信義に反しないか」

天辺「……」
実直「あとは個人的にだけど、天辺がそこまで引っかかっているのは、『自分の実力が評価されているのか、持っているお客様が評価されているのか』それが微妙だから、踏み切れないんじゃないか」

天辺「……」
実直「天辺が求める待遇は、この10年で築き上げてきた信頼を差し出す程のものなのかな? 僕には釣り合っているようには思えないけどね」

■未来を共有する

 野口が言ったことをうまく形にできましたね。実直マネジャーの本音も混じっているのでしょう。

 競合への引き抜きに関して言うと、  

     
  •   抱えている顧客は?  
  •  
  •   彼の後輩は?  
  •  
  •   今いる営業3課は?  
  •  

 これらはどうなるのでしょうか?

 野口は営業のコンサルティングとして、顧客を持ち出す引き抜きには賛成できません。
実直マネジャーも言いましたが、それは能力を評価しているのではなく、顧客がほしいだけです。
同じ業界で今後も仕事をしていく上で、こういう顧客を持ち出すということを前提とした引き抜きは、営業マンの道義として許されないと考えています。

実直「この場で言うのがいいのかわからないけど、天辺は来期からマネジャーだよ。すでに稟議は出しているんだ」

天辺「そうなのか」
実直「うちの会社では、部長待遇は難しいけど、僕は天辺と一緒に仕事がしたいし、天辺自身も学ぶことがあるんじゃないかと思っている」

天辺「たしかにそうだな……スッキリした」

 天辺さん、いろいろとわだかまりが解消されたような言い方ですね。
野口としても、天辺さんはまだまだ学ぶ部分もありますし、実直マネジャーと切磋琢磨して会社を盛り上げてほしいと思います。

天辺「オレの能力とオレの顧客、どちらも手に入れたいならあの待遇は安すぎるな」
実直「それじゃ、交渉次第で行くみたいじゃないか」

天辺「悔しいが会社の評価はオレよりお前だ。それを認めた上で追い抜く。そして、うちの会社の最年少役員を目指す」
実直「僕は天辺と違って、マイペースで行くよ。負けるつもりはないけどね」

 とりあえず、一件落着ですね。
二人のリレーションも深まったようですし、野口はそろそろ店を出ますか……。
この様子だと、彼らは2軒目に行きそうですしね。

(13話に続く……)